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震災から10年の日とあの時の記憶

岩手県山田町避難所前の庭で(2011.6.10)[/caption] 仮設住宅にいた被災者の方達はみんな笑顔で、逆にこちらを気遣ってくれたりして何だかいたたまれなかった。 明るく気丈に振舞っている被災者の方たち何人かの肩をマッサージしたら、本当にガチガチに固かったのを覚えてます。 それまでは終始笑っていた方達が、マッサージをしている間に、自分たちの体験をぽつりぽつりと語ってくれました。 その方達の身体から、精神状態が伝わってくるような気がしました。 また、その経験の中で強く感じたのが、裏で支える人たちの偉大さ。 メディアなどでは、募金や支援活動を行う有名人などの姿がたくさん報道されてました。 そういった支援活動が表立って注目される人とは逆に、裏方で黙々と現場を支える人たちをたくさん目にしました。 廃墟となった土地でガソリンスタンドの営業を続ける人。 仮設トイレの管理をする人。 瓦礫の山を片付ける作業員。 現地へ出向いて、炊き出しなどの支援活動を継続して行う団体。 表立って注目されることのない多くの人たちが、気迫を感じられる程に支援活動をしている姿を見て、この人たちって本当にヒーローだ、すごいなと。 被災地の様子がメディアで報道されると、ひどい、悲惨、悲しい、そんな風に結局遠目で感傷的に見ていた気がします。 でも現地では無情に現実が広がってて、悲しんでいるどころじゃなくそれに立ち向かっていかなきゃいけない。 東北全体、そして日本全体は、「がんばろう東北」というスローガンで復興に必死になっていました。 常に「がんばれ」「負けるな」の言葉が行き交ってて。 それは確かに大切なことだけど、「みんなが頑張っているから」「もっと大変な人がいるから」と、弱音を吐けない空気も作り出されてた感がありました。 テレビの特集では、被災者の人のインタビューで 「みんな頑張ってって言うけど、これ以上何をどう頑張ればいいの」と泣いている女性の声も聞き、深く考えさせられました。 原発で地元を離れざるを得なくなった人たち、そして子供たち。 子供のインタビューは、何かを強調するわけでも感情的なわけでもなく非常に淡々としていて、それがむしろものすごく胸に響きました。 いろんなことを考えさせられて、震災の曲をその後何曲か書きました。 言葉だけじゃ何とも伝えきれないであろう感覚が、歌にした時もう少し広がることを期待。未発表だけど、ちゃんとレコーディングしたいと思います。 ここからは、自分が体験したことを振り返って書きます。完全個人的な話ですが、もし読んでもいいよ、という方は読んでいただけたら嬉しいです! 私は翌週末の3月19日と20日に開催予定の、チャリティーイベントを企画中でした。 2010年に起きた奄美大島豪雨災害。その時期に奄美を訪れて地元の人たちに大変お世話になった自分は、せめてもの恩返しにと災害へ募金するためのイベントを企画運営し、ポスター、コンサート、物産展の準備もし、秋田の会場側と奄美の関係者両方とやりとりをしていました。 3月11日のその時は、開催予定だった秋田港にある会場の関係者へ、必要書類の印鑑をもらいに行っていました。 2階のベンチに座っていたところ、地震。 吹き抜けから見下ろした1階の会場では、「秋田の昔話」みたいなイベントが行われていて、ステージを囲んでお年寄りたちがたくさん。 ざわめく会場と、「動くな!座ってれ!」と叫ぶ誰かの声が。 2階にいた自分は、そのお年寄りたちの頭上の照明がものすごい勢いで揺れているのが見えて、「逃げて!」と叫ぼうか叫ぶまいかと散々迷いつつ、言葉が出なかったのを覚えてます。 そうしているうちに避難できるくらいの揺れにおさまったので、建物の中にいた人たちはみんな外へ。 目の前には、駐車している車やバスが揺れている光景と、広がる海。そして雪が降っていました。 日本海中部地震の津波でたくさんの命を失っている秋田では、地震が来たら絶対海には近づくなとさんざん教えられていて、防災訓練もたくさん受けていました。 「まずい、ここ港だ。逃げないと!」 と思っていたら、周りのラジオを聞いていた人たちが 「どうやら震源地は太平洋側の方らしい」と。 その時、奄美大島の観光物産関係者の女性から携帯に電話が来ました。 「今地震があったってニュースで見たんですけど、大丈夫ですか?!イベントどころじゃないんじゃないですか??」 「すごい揺れでしたけど、もう揺れはとりあえずおさまって大丈夫です。イベントも大丈夫だと思うので、物産展用の商品を発送して頂けますか」 そう伝えたところ、相手は震える声で 「今、東北の太平洋側が大変なことになっています。奄美の災害どころじゃありません。この状況で奄美へのチャリティーなんて申し訳なくてとんでもないです。物産も送ったところで届かないと思います。お願いです、キャンセルしてください」と。 その時は事の大きさが全くわからず、それまで必死で準備して来たイベントのキャンセル依頼にただ落胆して「わかりました」と電話を切りました。 災害イベントが別の災害でキャンセルになってしまうことに、ものすごく無常を感じました。 そしてすぐ車に戻り、港から離れて自宅へ向かう途中に目に入って来たのは、傾いた標識や電気が切れた信号機。 家に着いてから飼い犬の無事を確かめ、一緒に電気の切れたこたつに入って不安をしのぎました。 その日岩手の旅館にバス旅行へ出かけた両親は、山間の道を走っている時に地震にあったのだそう。 山道のカーブが急だったこともあって、旅行客一同「カーブの揺れが大きいなあ」と思い地震に気づかなかったのだとか。 旅館に着いたら電気も付いていなくて不審に思い、そこで初めて知ったのだそうで。 どんだけ・・・ 夕方6時にはもう暗くて、カナダで買ったヘッドライトがこの時相当活躍してくれたっけ。 暗いし寒いしどうしようもないので早々にベッドに入っていたら、福岡の友人から携帯へ電話が。 「電話繋がってよかった!大丈夫??太平洋側の方大変なことになってるみたいだよ」 「そうなの??こっちは停電でニュースも見れてないし、雪降っててめっちゃ寒いし、何もできないからベッドの中にいるとこ」 「寒いなら身体動かし!走ってあっためなよ!」 「いやこんな暗闇で走ったら怪しいし危険だし」 そんなこと話して半分笑いつつ、そうしているうちようやく両親が帰って来ました。 家にあった反射板ストーブ、懐中電灯やろうそく、カセットコンロなどを出し、停電になった数日をしのげました。 12日、新聞の一面に見た津波の写真と、原発の事故の衝撃。 ひっきりなしに来る余震と、先の見えない不安感。 日本が終わってしまうんじゃないかと思いました。 ネットが繋がらない中、父親の携帯データを使ってニュースやFacebookをチェックしたら、カナダの友人たちが私の安否を心配してくれてました。 近所に住む親友は、私が家に一人じゃないかと心配して駆けつけてくれたりして、人と人の繋がりやその大切さが本当に身にしみました。 元々はカナダの永住権を手にしたらすぐにまた日本を離れるつもりだったんだけど、この震災が、しばらくは日本にいて自分ができることをしようと決めたきっかけにもなりました。 なんだかだらだら長くなってしまったけど、10年経って再度じっくり振り返り、考えさせられました。 心のケア、復興が行き届きますように。 あらためて、震災で犠牲となった方々に深くお悔やみ申し上げます。]]>

悲しいニュース

奄美民謡島唄集」の著者、片倉輝男さんに坪山さんの紹介を受け、連絡を取らせて頂いたのでした。 当時カナダのネルソンで日本の音楽を紹介するラジオ番組を持っていた自分は、勢いで坪山さんにインタビューとレッスンをお願いし、数回に渡って自宅へ伺わせて頂きました。 お会いしたこともない大御所の元に押しかけるって、無知というかなんと言うか突っ走ってたなあ。。 突然の訪問とお願いにも関わらず、快く「もちろん。お互いの都合のつく日に、いくらでもいらしてください」と招いてくださった。 伺う度にいつもお茶とお茶菓子を出してくれて、奥様も笑顔で迎えてくださって、本当に本当に温かかった。 奄美民謡の第一人者としてだけではなく、唯一の舟大工としてかなり名を知られていた方。 すごい方なのに本当に朗らかで楽しくて、話し出したら盛り上がって止まらなかった。好奇心旺盛で熱意があって、なんというか、こんなおじいちゃん見たことないと思った。 粋で音楽を心から愛してて、ものすごく頭が良くて、子供みたいにわくわくしてて、とにかく話していて面白い。語り口もしっかりしてる。あのパワーと若さはなんだろうと。 通わせていただいている間、島唄だけじゃなくてその歴史や文化もたくさん教えてもらった。 ご自身の経歴やエピソードなど、いろんなお話もしてくれた。 突然現れた、どこの誰かもよくわからない私をなんて温かく迎えてくださったんだろう。 その後私は練習をしばらく続けていたのだけれど、徐々に奄美民謡は聴く方だけに傾いてしまっていた。 そして、数年は年賀状など送っていたのだけれど、特にカナダに来てからは全く連絡を取らずにいた。 このパンデミックが始まってしばらくしてから、4月の終わりか5月くらいかな、急にふと坪山さんのことを思い出して手紙を書こう、書かなきゃ、と。 でもコロナの影響でカナダと日本の間の郵便状況が微妙だったので、落ち着いたら送ろうと思い、そのままだった。 今から思うと、きっとあれはサインだったのかもと。 そして知ったこの知らせ。 こんなに悲しくなるのかと驚くほど悲しかったです。 数日はかなりボーッとしていました。 せっかく奄美民謡を熱心に伝えてくださったのに、私は何を貢献できたと言うんだろう。 あの時のご恩を返せずじまいで、それが本当に悔やまれてなりません。 先に書いたように、カナダで担当していたラジオ番組へのインタビューをさせて頂いていました。 その時放送された貴重な音源を、YouTubeにあげました。 Japanese Musiquest(2010年11月2日放送分) 坪山さんの紹介とインタビューは7:38からです。番組自体は英語だけど、インタビューはもちろん日本語です。 ご自身が島唄を始めることになったきっかけや、奄美民謡の特徴などをお話しされています。 よければ是非聞いてみてください。 日本の伝統文化を伝承し、数多くの人たちに本当に慕われた方。偉業をなされた方。 私が非常に運良く関わる事が出来たのは2週間ちょっとだったけれど、大変良くして頂き、お世話になりました。 今もあの時の朗らかな口調と笑顔をはっきり覚えています。 坪山さん、本当に本当にありがとうございました。]]>

日本国歌を今年も歌います

日本国歌を独唱させて頂けることになりました! 昨年の様子。→その時のブログ記事。 1年前に歌った時はあまりに緊張し、心臓ってこんなにバクバクするもんなんだと感心するくらいでした。 なので、今年はできるだけリラックスして臨みたいと思います。 まずはゆっくり寝て備えなければ・・・。 前回はレースが始まる前に歌ったので客席にはあまり人が集まっていなかったけれど、今年はレースの間に歌うみたい。 最初のレース開始は午後1時5分からで、私の出番は4時からです。 昨年は日本からは競馬関係者の方々、そして在トロント日本総領事館の方がゲストでいらしてましたが、今年はどなたがお見えになるのだろう・・・。まだ何も私は聞いていません。 緊張するけれど、練習は万全です。 カナダにいる人たちに、日本国歌の美しさと平和の心を伝えられるよう努めます。 落ち着け、自分! また報告します! イベントページはこちら。→Ricoh Woodbine Mile]]>

新元号!

「令和」に決まりましたね✨ トロントからYouTubeのライブ中継でドキドキしながら見てました。📺🇨🇦🇯🇵 最初「へいわ」って聞こえて「平和な元号なのか〜」と思ったら「れいわ」でした。 発表の瞬間は正直ピンと来なかったけど、1日経ったらじわじわ馴染んできたような。 意味を調べる程にとても素敵だなと感じる。 ちなみにうちの母が「和子」なのですが、昭和に続いてまた自分の漢字が入っていると大層喜んでおりました🙏🏼🌟 実家秋田の市外局番が「018(れいわ)」なのも話題になっているようで❗️📞✨ そして何よりも元号を発表した菅官房長官が秋田の湯沢出身ということ❗️ 昨年に引き続き、秋田が熱い🔥😄 元号制度って、今は日本だけみたいですね。 昨日バイト先で「今日は日本でビッグニュースがあったんだよ❗️」と新元号の話を同僚にしたら、みんなとてもめずらしそうに聞いてました。 カナダって歴史の浅い国なだけに、改めて日本を見てみると本当に文化が深いなあと感じる。 話の流れで同僚のメキシコ人の女の子に「カナダと日本、どっちがいい?」って聞かれて、もちろん自分の答えは日本だった。 厳密に言うと一長一短があるけれど。 「じゃあなんでカナダに来たの❓」と聞かれ、「英語を学びたかったし、いろんな経験をしたかったから」と。 自分で答えながら、ああもっと身を入れて動かなければと実感しました。 最近は「The 80 Bus」として毎週土曜のカフェライブ、そして月2回のレストラン/バーライブ。そしてDonné Roberts Bandとしてのライブに参加しています。 先日のメキシカンバーでのライブ。自分のオリジナルも多く歌うようになってきました。 ライブ情報はイベントページに常時アップしています! トロント近郊の方、遊びに来て頂けたら嬉しいです💕🇨🇦 新しい日本、平和で穏やかで美しく、豊かな文化が育まれる時代になりますように❗️🙏🏼💕✨   🌟ライブ情報🌟 🎵2019.4.6 (土) 2:00 pm The 80 Bus Weekend Live Music at Coffee And All That Jazz!, Toronto 🎵2019.4.6 (土) 8:00 pm Donné Roberts Band at La Rev, Toronto 🎵2019.4.13 (土) 2:00 pm The 80 Bus Weekend Live Music at Coffee And All That Jazz!, Toronto 🎵2019.4.14 (日) 4:00…

年末に久しぶりの更新です

そして今、訳あって2年7ヶ月ぶりに日本に帰国しています! 11月28日羽田着、戻りは1月16日の予定。結構長いことおります。約1ヶ月半。 前回の更新が10月21日止まりでしたが、それまでにあった出来事。 カナダの永住権を無事更新できました。 トロントの地下鉄で何度か演奏しました。 髪切ってちょっとカラーリングしました。 カレッジで移民対象のライティングクラスを無事終了しました。 日本に帰って来てからライブしました。 ちょっとの出来事でも少しずつ更新しようと決めてから早数ヶ月。 自分の決心とはこんなものかとも思いますが、復活します! ドネとの新ユニット「The 80 Bus」としての活動が、なんとか形になりつつあります。 ユニットとしての新曲「Pride」が最近できました。 カナダに移民として住んでて「プライドかなぐり捨ててなんでもやったるわ!」という曲です。 自分だけじゃなく、たくさんの移民の人たちの暮らしや思いを目の当たりにして感じたことを歌にしてます。 帰国してから、これまでなかなか出来ていなかったことをやりたいと思っているのですが、なんだかんだと忙しくしています。 近々ポッドキャストも年内にアップしたいと思います!がんばるっ。 The 80 Busとして行ったライブのダイジェストをアップしました。 また追って投稿します!

豪雨災害

「日本が洪水に遭ってるみたいだけど、Yukiのところは大丈夫か?」とメールが来て、その時初めて知ったんだけど。。バタバタしていて、全然ニュース見てなかった。 今回の関東、東北地方の豪雨災害、日々痛々しいニュースが続いてる。 被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。 本当に日本って台風に当たる。これで思い出すのが、ちょうど2010年帰国した直後に遭った奄美大島の豪雨災害。あの時は実際自分が直後に現地にいたから、何か出来ることはないかとボランティアに申し込んでいた。結局活動する機会は得られなかったけど。 今回、何もないこの地域からニュースを聞いているだけ。ここにいながらにして何か出来ることはと言うと、義援金送付が現実的なのだろうと思う。 今のところ、まだ受け付けは開始されていないみたいだけれど。 ゆうちょ銀行義援金送付 豪雨災害を知る前、なんか変な夢を見てた。 川でボートに乗って流れてるんだけど、川の水がとにかく濁ってて茶色。そして、川の向こうに背の高い痩せた気味の悪い男の人が立っていて、自分の背後にいる人達をすごい目で睨んで悪態をついている。 気付かないその人達に「危ない、逃げて」と叫んで、超ドキドキしながら目が覚めた。 偶然かもしれないけど、とにかくリアルで怖かった。 なんか日本って津波だったり台風だったり、水にまつわる災害が多いな。。そうかと思うと火山もあるのか。 家や仕事場が浸水するなんて、もう本当にあり得ない! 状況が少しでも良くなることを祈ります。]]>